紹介
民謡・クラシック・革命歌だけじゃなかった!
鉄のカーテンの向こう側で
グループサウンズ・ポップス・ロック・ディスコ等
あらゆる音楽が鳴り響いていた!!
リアルタイムでモスクワ放送を聴き、
現地に通い続けた愛好家が約100アーティストを完全解説!!
★イギリスのビートルズ旋風に匹敵するプガチョワの登場
★ソ連のフランク・シナトラ、イオシフ・コブゾン
★ソ連の島倉千代子、ワレンチーナ・トルクノーワ
★スラブとラテンの接点で生まれ育った、ソフィヤ・ロタール
★末期ソ連に登場した朝鮮族のロックスター、ヴィクトル・ツォイ
★「東側」でアイドルになったアメリカ人、ディーン・リード
☆「ソ連で最も有名な外タレ、カレル・ゴット」等のコラムも多数
目次
2……まえがき
4……目次
6……凡例
7……第一章 戦中・戦後を彩ったベテランたち
10……人間味あふれる戦時歌謡、クラウディア・シュリジェンコ
12……戦争経験世代の琴線に触れる、マルク・ベルネス
14……モスクワを歌う、ウラジーミル・トローシン
18……民謡歌手として来日したこともあるソ連の美空ひばり、リュドミラ・ズィキナ
20……貴族の血を引き、ズィキナに決して劣らないオリガ・ヴォロネツ
22……アゼルバイジャンが生んだソ連のダンディー、ムスリム・マゴマエフ
26……ソ連のフランク・シナトラ、イオシフ・コブゾン
30……ブレジネフに好かれたミスター戦勝記念日、レフ・レーシェンコ
34……ミスター・トゥロロロ、エドゥアルド・ヒリ
36……ソ連の島倉千代子、ワレンチーナ・トルクノーワ
38……旧ソ連圏なら誰でも歌える「希望」、アレクサンドラ・パーフムトワ
42……兵と国民を鼓舞する、ユーリイ・ボガチコフ
44……現代ソ連の吟遊詩人、ブラート・オクジャワ
48……ピエーハのおばちゃまと60年代ヨーロピアンサウンド
52……若くして逝き、今も愛されているふたりのアイドル、クリスタリンスカヤとゲルマン
54……「反ユダヤ」のために冷遇されたブロツカヤとヴェディシチェワ
57……コラム ソ連で最も有名な外タレ、カレル・ゴット
59……その他の歌手たち
65……コラム 年に一度の歌の祭典番組「ペースニャ」
67……第二章 「停滞の時代」の停滞しなかった音楽
70……日本の歌謡曲にもありそうな、エフゲーニイ・マルトゥイノフ
72……ソ連版グループサウンズ=ВИАブームを牽引したサマツヴェートゥイ
76……コラム 旅先で出会ったサマツヴェートゥイ
80……イギリスのビートルズ旋風に匹敵するプガチョワの登場
86……コラム 1985 年夏、ハンガリー人にプガチョワのことを尋ねてみた
88……おばさんに囲まれるイケメン、ウラジーミル・ミグーリャ
90……ソ連のジョーン・バエズ、ジャンナ・ビチェフスカヤ
92……パステルナークの詩を歌った物理学者ニキーチン夫妻
96……ダビングを通して叫びがソ連全土に伝わった、ウラジーミル・ヴィソツキイ
102……来日して紅白でも歌った驚異の歌声・アレクサンドル・グラツキイ
104……ソ連版グループサウンズブームを支えたВИА(ヴィア)
106……結婚式の定番曲を作り、要人の孫が率いるスタス・ナミン・グループ
108……ペレストロイカに先駆けて自由で開放的な空気感を体現したマシーナ・ヴレーメニ
110……「ミック・ジャガーとミハイル・バリシニコフの中間」と評されたレオンティエフ
114……宇宙船発射を前に乗員を送る場で流される歌「庭の草」を歌ったゼムリャーネ
118……ビートルズ初期を思わせるセクリェト、意味は秘密
120……ペレストロイカ前夜の歌の数々
123……ソ連解体以後に『ソビエト連邦に生まれて』を歌った愛国者ガズマノフ
127……コラム モスクワ放送
131……第三章 映画の中の音楽
134……モスクワの四季と市井を風情豊かに捉えた映像とその音楽、アンドレイ・ペトロフ
140……現代に蘇ったイワン雷帝のコメディで知られる監督ガイダイの音楽担当ザツェーピン
146……チェブラーシカと大児童合唱団、そして児童歌謡とシャインスキイ
150……コラム チェブラーシカとの擦れ違い
152……芸術表現の締め付けから映画音楽で糧を得ていた現代音楽の巨匠シュニトケ
156……30年代のジャズミュージカル『陽気な連中』から80年代の『我らはジャズから』へ
162……ハチャトゥリヤンに師事したセミクラシカル音楽、ミカエル、タリヴェルディエフ
164……「ジプシー」だけではない、エフゲーニイ・ドガ
166……ロシアの平原と望郷への想いを演じ、歌った俳優、ウラジーミル・イワショフ
168……「惑星ソラリス」だけではない、エドゥアルド・アルテミエフ
171……コラム 音楽は旅の友
173……第四章 ソ連の中の諸民族
176……ラトビアから彗星のごとく登場したソ連のYMO、ゾディアーク
180……ソ連最大のヒットメイカー、パウルスとラトビア
184……モスクワ・オリンピックからエストニア独立への道、ティーニス・ミャーギ
188……ベラルーシのフォークロックの雄、ピェスニャールィ
192……スラブとラテンの接点で生まれ育った、ソフィヤ・ロタール
196……グルジアのふたりの歌姫、ブレグワッゼとグヴェルツィッテリ、そしてオレラ
204……グルジア歌謡界の帝王、ワフタング・キカビッゼ
206……ポップスとイスラムの融合、中央アジア
212……末期ソ連に登場した朝鮮族のロックスター、ヴィクトル・ツォイ
215……「東側」でアイドルになったアメリカ人、ディーン・リード
218……コラム 1983 年12 月、モスクワの国営レコード店の西側音楽
220……地図
221……参考文献
222……あとがき
前書きなど
まえがき
日本に幽霊が出る─共産趣味という幽霊が。と、いきなりカール・マルクス『共産党宣言』冒頭の文言「ヨーロッパに幽霊が出る─共産主義という幽霊が」のもじりが本書の幕開けとなった。
ソ連アニメ『チェブラーシカ』が人気を獲得して関連グッズが売れるとは、冷戦時代には考えられないことだった。ソ連の文物に興味を示そうものなら、たちまち「おまえはアカか?」と言われかねない時代が長く続き、ソ連に目を向けるのは一部の文学・芸術マニアと軍事オタクに限られていたことを思えば、隔世の感がある。今や「共産趣味」という新語が造られ、若い世代からも共産主義時代のソ連東欧諸国の美術や映画、文学、音楽が注目され、関連イベントもいろいろ開催されるようになった。
本書で取り上げるのはソ連の1960~80年代初頭を中心とした歌謡曲や映画音楽などの大衆音楽である。ソ連の音楽と言えばロシア民謡とクラシック音楽、そして軍歌や革命歌謡ばかり、と思われる時期が長く続いた。一方で、ソ連にはジャズやロックを露骨に「退廃的な資本主義の産物」と見做す見解があり、その見解をほぼ踏襲する人たちが日本にもいた。そんな「退廃的」な音楽がモスクワからのラジオ放送で流れてきた時は、やっぱりソ連にだって我々と同じような生身の若者がいるんだ、と内心とても嬉しくなったものである。冷戦期、リアルタイムでソ連サウンドに耳を傾けた人は決して多くはないが、幸い、私はその機会に恵まれ、たくさんの魅力あふれるソ連歌謡の世界に触れた。その一端を読者の皆さんにも知って欲しい。本書はそのための道案内である。しかも、「共産趣味インターナショナル」シリーズ第7巻目としての刊行は筆者にとってたいへんな名誉である。
旧ソ連圏に詳しい読者の中には、なぜこの歌手を取り上げないのか、なぜこの歌に触れないのか、と疑問を感じる方がいると思う。本書に名が挙がっていないアーチストや歌が数多存在することは筆者も承知である。情報の錯綜のため、詳細なフォローが行き届かなかったのも否めない。それでもソ連サウンドに耳を傾け始めてから半世紀近くが過ぎ、旧ソ連圏をソ連時代から何度も訪ね歩き、旅先で知り合った人と一端の音楽談義を交わすことを繰り返したので、この分野では自分なりに多少の知識と経験は持っているつもりである。
本書は4つの章から成り、大雑把に、ВИА(VIA)と呼ばれるグループサウンズ登場前、そして登場後、さらに映画音楽、ロシア以外の諸民族の音楽が各々のテーマである。しかし、いずれの音楽もこの4種の分類にきっちり収まるものではない。これについては、各々のアーチストがこれら4つのどの章に属すべきか、本書で示した振り分けに異論を唱える読者がいると思う。カザフスタン出身の朝鮮系青年ヴィクトル・ツォイのロックは特にカザフらしさや朝鮮系らしさを感じさせるものはないが、民族をテーマにした章で取り上げている。彼は本来ならロックやВИАの項目で取り上げるべきなのだろう。また、いくつかのジャズバンドを4種のいずれかの章に振り分けているが、これも本来ならジャズの項目を設けて語るべきことなのだろう。ただ、どの音楽も、どこから光を当てるか、どの方角から見るかによって随分と多様な表情を示すものであり、本書の振り分けは多様なアプローチのひとつの例ではあろう。
また、本書の特色のひとつは、CDやレコードのジャケット等の図版が豊富なことである。ソ連時代のレコードジャケットがどんなものか、そのデザインはたいへん興味深い。ロシア・アヴァンギャルドの片鱗を伺わせるデザインもあり、見ているだけでもけっこう楽しいものである。これらの図版は必ずしも音楽的に重要度の高い順や売上順に並んでいるのではなく、あくまでも、各々のアーチストが過去にどんなレコードやCDを出したのか、事実の一端を知って頂くために載せたのである。古いソ連時代の盤もあればソ連解体以降のCDもあり、ここに載せたものが全て入手可能なのではない。
本書では「ソ連歌謡」のタイトル通り、ソ連時代の歌謡曲を語っている。しかし、その後も活躍を続けているアーチストもいるので、単純に1991年12月のソ連解体をもって執筆の対象外とするのは難があり、多少はソ連解体以降にまで話がずれこんでいることはあらかじめご了解頂きたい。
ソ連解体直後のある時、知人から「大好きなソ連が消えて寂しいでしょ」と言われたことがある。私は「そんなことないよ。だって国の数が増えたからね」と応じた。それらの増えた国と国同士で紛争を展開している例さえあるのが現実で、何のためにソ連をぶち壊したのか、と問いたくなる。もちろん、日本人である私にはソビエト連邦には何らお義理はないのだが、大好きな音楽や映画をたくさん提供してくれたこの国への一種の懐古の情があることは否定しない。かつてモスクワからの日本語放送のリスナー仲間の間には「懐ソ派」と呼ばれる者たちがいて、その名の通り、ソ連の文化文物をこよなく愛する者のことであり、どうやら仲間たちは私を「懐ソ派」の「書記長」と見做しているらしい。光栄である。
なお、本書では100人ほどのアーチストを取り上げており、話の行きがかり上、さらにクラシック音楽の大家や映画監督、俳優、政治家も登場する。それらのどのアーチストの項目を最初に読むか、それは読者の方が勝手に決めて頂いても問題ない。ただ、時系列を考えれば第一章を最初にお読み頂くのがいいと思うが、その後は、第三章や第四章を先に読んで頂いてもかまわない。きっと、東西冷戦の狭間で私たちの耳にまで届くことのなかった音楽の一端を本書で知ることができるだろう。そして、各項目に載せたキーワードを参考にネットで動画にアクセスし、ソ連歌謡を読者の皆さんご自身が愉しんで欲しい。
それでは、これから皆さまをソ連時代の歌謡シーンに案内させて頂こう。
著者プロフィール
蒲生昌明 (ガモウ マサアキ) (著/文)
1956年浦和市(現さいたま市)生まれ、東洋大学社会学部卒。書店と出版社で勤務の傍ら、ユーラシア各地とりわけソ連東欧諸国への旅を繰り返す。短波放送を通して「邦楽」「洋楽」以外の音楽の魅力に目覚め、モスクワからの日本語放送は1972年以降45年にわたって聴取。リスナー仲間から「ガモーノフ」の異名を頂く。